亀戸大根、五十年。
高砂の土と人が育む真白き逸品
中川が新と旧に分かれる高砂橋のたもとに、そこだけぽっかりと黒々とした土をのぞかせる畑がある。斜めに立て掛けられた霜よけのよしずが並ぶ光景は、かつてこの辺りでは珍しいものではなかったというが、今はここに残されているだけとなった。春先の貴重な野菜として、江戸っ子から「お多福大根」とも呼ばれた江戸野菜の代表格・亀戸大根。先細で白く引き締まった特徴のある亀戸大根を、代々作りつづけている鈴木藤一さんを訪ねた。

とても80歳とは思えない身のこなしと言ったら、鈴木さんに叱られるだろうか。しかし、丹精込めた畑を歩き回る様子や、カヤで編んだよしずの陰にかがみ込んで作業をする姿は、じつにキビキビとしている。それにしても、きれいに手入れされた畑は見事というほかない。斜めに立て掛けられたよしずの風情がなんともいえず、まるで一枚の絵を見るようだ。
「このカヤは、江戸川のほうに生えていたのを刈り取ってもらったもの。今では、これだけのカヤは手に入らない。これをカミさんと二人で編んで、立て掛け、どかしてと、その繰り返し。たったこれだけでも霜よけになる。ほら、よしずの陰に入ってみな。暖かいだろう? 風もよけられるし、ちょうどいい陽だまりができる。これで生きてんだよ、この大根は」
そう言いながら鈴木さんは、ウネにびっしりと生え揃った10センチほどの苗から、生育の悪いものを間引いていく。間引かれたものと、そうでないものに、それほどの違いがあるように見えないのだが、この道一筋の鈴木さんには即座に見分けがつく。
鈴木藤一さんは1928年生まれの江戸っ子。曾祖父の代から途切れることなく亀戸大根を作り続けている。「曾爺さんの頃からだから、私で四代目。畑のすみで趣味みたいに作っている人は二、三人知ってるけど、こうして亀戸大根を専門でやっているのは、都内ではもうウチだけだね」
ここは、葛飾区高砂。JR金町駅と新小岩駅を結んで貨物引き込み線が走っているが、その線路と新中川の堤防に挟まれるようにして鈴木さんの畑はある。そこだけぽっかりと、天の恵みのような黒々とした土がのぞく。三方には民家やマンションが迫り、もう一方は護岸された堤防。
続きは季刊ちゃぶだい第2号で
江戸郷土料理を味わう
「亀戸割烹 升本」で大根づくし
亀戸大根と江戸前のあさりを味噌仕立ての鍋にしたもので、「太鼓橋うどん」という独特のうどんが、生と揚げたものの2種入る。他に、あさりのおあがり揚げ、亀戸大根のスティックと漬け物、後から鍋に入れてシャキシャキの食感を楽しめる大根スライスがつく。鍋の汁をかけていただく麦菜飯にも、亀戸大根の葉を刻んだものが入り、まさに亀戸大根づくし。時代小説家、池波正太郎の『仕掛人・藤枝梅安』にも登場する江戸の料理「あさりと大根の鍋」。小説の中だけではなく、当時は実際によく食べられていたそうだ。
小ぶりできめ細かく、葉も柔らかい亀戸大根は、秘伝の味噌で炊く江戸前「あさり鍋」と相性がよく、升本・本店の自慢の味。
亀戸大根は江戸時代、升本・本店周辺に自生していた。文久年間(一八六一〜六四年)から栽培が始まり、明治時代にかけて盛んに収穫されていたという。
当時の大根のほとんどが秋から冬採りだったのに対し、亀戸大根は秋から冬にタネをまき、早春に収穫できたので、江戸っ子に歓迎された。葉に大根特有のとげがなかったので、根と一緒に漬け込んだ浅漬けが亀戸の名物となった。
今ではたいへん珍しくなってしまったこの大根を、さまざまなお料理に使うことで、升本・本店は契約農家の鈴木藤一さんとともに、現代に復活させている。

亀戸割烹 升本 本店
東京都江東区亀戸4-18-9
TEL.03-3637-1533
営業時間
月〜金 11:30〜14:00(L.O.)
17:00〜21:30(L.O.21:00)
土・日・祝 11:00〜14:30(L.O.)
17:00〜21:00(L.O.20:30)
JR総武線・東武亀戸線 亀戸駅より徒歩7分


江戸桶「桶栄」




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